そらさんの日記

取り留めもないことを書いていくブログです。音楽や文字が中心になるかも。 ついったー→ @naname_yokotate

「好きな人/推しを目にする」「珈琲」「青」「桜」「羽」「木漏れ日」

 がりがりと音が聞こえる。ここの店主はいつも同じスピードで豆を挽くのだ。だから3,2,1……そう、ここで手が止まる。止まってからこういうのだ、どのカップで飲みますか、と。

 

「今日はそうね、それでお願いしてもいいですか? はい、その桜の花のものです 」

「私はその犬の描かれたカップで飲みたいです 」

 

 2人組の女性客の指さしたカップを手に取り、ドリッパーを置く。  ゆっくりとひと回し。少し待って、またひと回し。 湯を入れる間隔が大事なのだそうだ。 どうぞ、と客に渡されたカップからふわふわと湯気が立ち上っていて、胸いっぱいに吸い込むと甘い香りがするのだろうなと、そう思える湯気だった。 女性客は気にも留めすに砂糖を入れ、かき混ぜ、ひとくち。

 

「この珈琲がないと一息ついたって感じがしないよね。」

 うんうん、ともう1人が頷く。こちらも砂糖とミルクを大量に投入し、あの薫り高い湯気は身を潜めてしまった。

「これを飲むと午後も頑張ろうって思うよ、翼が生えたって感じ 」

エナドリじゃないんだから 」

 

 笑いあう女性たち。せっかく丁寧に淹れてくれたのだから一口くらいはそのまま飲めばいいのに、と眺めている視界に影がかかる。顔を向けると、少し不機嫌そうな店主の顔。 どのカップで飲むのかしら、と目で聞いてくる。窓から射した光が彼女の栗色の髪からこぼれて、まるで木漏れ日のようで。少しぼう、としていると、早く決めてよねと言い、こんこんと足音とともにカウンターに戻っていく。

 決めていないわけではなく、見とれていただけだと言いたかったが、いつもそればかりと返されるのだろう。他の客とは異なる態度に、頬が緩む。

 

 カラン、と音が鳴り、新たな客が入ってくる。

 この男もよくここに来る。決まってカウンターの端、少し暗いその席に座る。店主は静かに灰皿を置き、男性は煙草に火をつけた。

がりがり……がりがり……どのカップで飲みますか。

 

「今日はあれだ、黒いやつで頼む 」

 

2本目に火をつけながら答える。青い煙が白く溶けていく。飲む前にそんなに吸って、味がわかるのだろうか。そう思いながら見ていると、男性はこちらを見てにやりと笑った。 

 

「どうぞ 」

 

 男性客に珈琲を差し出した店主がこちらに歩いてくる。 どのカップで飲むのかしら、と目で聞いてくる。 適当に目についたカップで飲みたい旨を伝えた。 先程と異なり、羽が生えたかのように軽やかな足音で戻っていく。

 男がこちらを見て、にやりと笑った。悔しくて唇を噛んだ。